るしあ『どうすりゃいいんだ・・』

本拠地、横浜スタジアムで迎えたTPE戦
先発みけねこが連続クラッシュ、フォロワーも勢いを見せず惨敗だった
スタジアムに響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年は全敗だな」の声。
無言で帰り始める選手達の中、昨年の首位打者るしあは独りベンチで泣いていた。
CPSで手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるまふまふ・・・
それを今のファンデッドで得ることは殆ど不可能と言ってよかった
「どうすりゃいいんだ・・・」るしあは悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、内川ははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいゲーミングチェアの感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、帰ってTMGLの練習をしなくちゃな」spamは苦笑しながら呟いた。
立ち上がって伸びをした時、るしあはふと気付いた

「あれ・・・?お客さんがいる・・・?」
ベンチから飛び出したるしあが目にしたのは、フランスまで埋めつくさんばかりのTM廃だった
千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのようにdignitasの応援歌が響いていた。
どういうことか分からずに呆然とするるしあの背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた
「bergie、1v1だ、早く行くぞ」声の方に振り返った内川は目を疑った
「p・・pacさん?」 「なんだアゴ、居眠りでもしてたのか?」
「す・・slo-mo?」 「なんだるしあ、かってにrioluをチート呼ばわりしやがって」
「wirtual・・・」  spamは半分パニックになりながらスコアボードを見上げた

carl.jr

pac

massa

bergie

内川聖一

spam

russia


暫時、唖然としていた内川だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「勝てる・・・勝てるんだ!」
rioluからグラブを受け取り、グラウンドへ全力疾走するるしあ、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった・・・

翌日、TMGLで冷たくなっているspamが発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った

近藤真彦を自動車競技の人間だと言い張るのは、papouを兎田ぺこらだと言い張るようなものだ

自動車競技のファンというものは、頭がちょっと空っぽなのかもしれない。

と思ってしまうのは、昔の自分がそうだったからだ。

 

──兎田ぺこらがカレーメシに溺れて、TMGLで敗北した、その数週間後。

自動車レース界は芸能界の振動の煽りを喰らう羽目になる。

近藤真彦

彼が不倫をしたというのだ。

 

モタスポ脳の人間から見れば、近藤真彦は確かにジャニーズの人間ではない。

KONDOレーシングの偉大なる(というべきかについての議論はこの際置いておこう)総監督は、実際芸能界での露出よりもモータースポーツの露出が大きいように感じる。

 

地上波脳の人間からすれば、近藤真彦は確かに自動車レース関係者ではない。

芸能界で様々な曲を出したこのジャニーズのアイドルは、"ジャニーさん"の後継者だなどとも言われる事もある大御所だ。

 

TM脳の皆さんに近藤真彦がどういう人間なのかを説明しよう。

 

彼はfrostbelueのような側面を持っていて、zerotorのような側面も持っている。techを真剣に走る傍ら、愚かなマップを作って笑っているのだ。

勿論、どちらが"尊くて"どちらが"愚かか"は観測者の好みによるのだが。

 

 

芸能界はそのニュースに反応した。そしてジャニーズはそのニュースに反応した。──即ち、近藤真彦は謹慎処分となった。

 

自動車レース界はそのニュースに恐れた──スーパーGTのタイトルコンテンダーのチーム監督にモタスポとは無関係のスキャンダルが発生したのだから。

 

 

そしてその声明は生まれる。

曰く、近藤真彦はレースを欠席する。

 

自動車レース界は芸能界の振動をモロに受ける形になってしまった。自動車レースファン達は"芸能人近藤真彦のやらかし"でレースに来れない監督に悲しみを覚え、オートスポーツは"近藤真彦戻ってこい""週刊誌よサーキットを汚すな"と書いたお気持ち表明をネット上にばら撒いた。

 

 

序段は終了である。ここからは夏目ことはのお気持ち表明フェイズだ。

その前に、少しだけ休憩を挟もう。これは話題が話題なので、地上波脳が迷い込みかねないからだ。

 

皆さんはpapouをご存知だろうか?

dirtのトッププレイヤーとしてキャリアを積んだ彼は、この一二年で表舞台の主役となった。即ち、TMGLプレイヤーとして、carl.jr討伐隊の一員となった。

彼のパフォーマンスは特筆に値する。

step1での彼のパフォーマンスの高さを見れば、final4に残った理由が伺えるはずだ。

final4でのパフォーマンスは結果的にシーズンを決めてしまうものでもあった。彼がfinal4で勝利したラウンドによってpacはラダーからはたき落とされ、carl.jrはそれに救われて決勝に進んだからである。

 

そんなpapouを私は兎田ぺこらと呼んでいる。勿論、そんなものこじつけミームでしかない。

 

休憩終わり。

 

 

近藤真彦は、確かに自動車レース界において立ち位置を確保していたし、レース界への貢献は無視できない。

 

だが、彼は"芸能界の人間"だ。スポンサーマネーは芸能界からの実績で集めてきたものだろう。彼を自動車競技の倫理観で語ってはいけないのだ。

彼はジャニーズで"ありながら"自動車レースに情熱を傾けてきた。森且行のように、ジャニーズであった事を世間から消去するという行動を取っていない。だからこそ、レース界がこの件にお気持ち表明を行うならこう語るべきなのだ。

"近藤真彦は神聖なるサーキットに不潔な(コロナ対策的にも)メディアを持ち込んだ。自らの不貞で"

"彼は芸能界の人間であり、にもかかわらずスキャンダルを起こした"

"迷惑なのはむしろ私達だ"

などと。

 

実際はその真逆の対応をしているし、レースファンもそう言った対応をしている。しかし、自動車レース界より高い倫理観が求められる芸能界の人間が、その倫理観故に趣味の界隈に迷惑を掛けかねない状態になっていることに対して、もっと厳しい目線を持つべきでは無いだろうか?

それとも、近藤真彦を自動車レース界の人間だと本気で思っているのだろうか?あくまでもあの言い草はネタで言うから面白いのでありガチで言っていけないネタなのだ。

 

すなわち、兎田ぺこらはpapouではない。

 

 

更新遅れすぎて浦島太郎になってしまい怪文書にもならない

 

"最低限のライン"高いっすね

モタスポに政治を持ち込むなというナンセンスさとそれでも許せない人へのアドバイス

私個人の意見として言わせてもらうが、『私はレーシングカーとレースを見たいのであって政治を見たいのではない』という人間の為に"こそ"、自動車レースの"政治"は存在しているのだ、と言わせて頂こう。

cthn490という人間は自動車レースを既に見捨てている訳だから、勿論そんな人間から出てくる言葉はそれを馬鹿にする暴論にはなるわけで、それに関しては明らかに私の落ち度ではある。とは言え、自動車レースという営みが他のスポーツに比べて"政治的である"というのは間違いないと考えるし、むしろ2020年代の自動車レースの最重要課題は政治だ。自動車レースの熱心なファンこそ、自動車レースの政治や哲学に向かい合う必要がある。

もしそれが"萎える"と考えるのであれば、今からでも遅くはない。貴方は自動車レースからそれに類似した世界に関心を移すタイミングに来ている。esportsが発展しているこの2020という時間軸において、自動車レースという営みは良くも悪くも変革を迫られるのだから。貴方はEV車のレースを観れるだろうか?FEはもはや馬鹿にできない。貴方はオーバルの少ないインディを許せるだろうか?もうウェルドンを知らないファンすら居そうだ。技術開発のあるレースが観たい?はっきり言うがそんなものはもう既に存在していない!

 

 

"政治の定義"

一応言葉の定義をしておく必要がある。"政治"と表現しているものはザックリとこんな感じだ

・車両規定(クルマ側のルール)

・競技規定(サーキット上のルール)

・サーキット(サーキット)

・経済的側面(色々)

下二つガバガバ過ぎませんかね・・

 

"20年代が何故政治の時代なのか?"

10年代も政治の時代になると思っていたのだが、20年代はその深刻さが増している。

 

①そもそもコロナで目先のレースがガタガタになっている 

 

2020年の自動車レースは壊滅的だったと言わざるを得ない。コロナウィルスのおかげで自動車レースのカレンダーはめちゃくちゃになってしまったし、そもそも自動車レースに注ぎ込めるあぶく銭が引き始めている。以前からネガティブなニュースが流れていたDTMは事実上消滅(DTMはGTカーへのシフトを表明したが、彼の地では既にGTカテゴリは大量にある)したし、ホンダのF1撤退は記憶に新しい(2021年まではやると表明したこと自体が、ホンダというメーカーにとっては偉業に近い)。また2020というのはWECのリニューアル時期に重なっていて、ハイパーカーとかいう謎の規定の始動が目の前に迫っている段階だ。SROの提唱しているGT3系列のカテゴリは、金持ちのあぶく銭を基盤にしているわけだから、世界的恐慌がある種確定したこのご時世、衰退の青写真は既に出来ている。今でこそまだ影響は出ていないが、こういうあぶく銭はタイムラグの後に影響を与えるものだ。

そして最大の問題、自動車メーカーが恐慌に巻き込まれた際、そもそも自動車レースに金や車を出してくれるだろうか?

目先のレース、すなわち"レーシングカーによる美しい営み"そのものが既に危機にあると言っても良い状況だ。政治を誤れば、冗談抜きでモタスポそのものが吹き飛びかねない。故にモタスポの政治経済は今頭に入れておくべきだ。

 

②仮に自動車レースを許されたとして、技術的側面が変革を強要する

 

もし仮に自動車レースが許されるとして、30年代に向けて、自動車レースは電動化を余儀なくされるはずだ。それ自体は大きな問題ではない(電動化が問題だと考えるなら、自動車レースから素早く手を引く事をオススメする。もはや貴方にとってこの世界は泥舟だ)ものの、電動化に関連した技術変革でレースの形が大きく変化を強いられるのは大きな問題たりうる。

根本的な問題として、ピットはどうするのか。ラジコンのようにバッテリーを交換する手段は非現実的だが、20秒の超速充電というのも中々ファンタジーな話という感覚なのだが・・

何にせよ、EVレディに向けての技術理解と規定策定が必要な時代になりうるのが2020である。

 

 

"何故モタスポの政治経済を学ぶべきか"

 

ここまで長々とお話してはみたものの、これだけでは重要性を理解してくれない人の方が多いと思う。

確かに、自動車レースを楽しむ上で、政治や経済などを"観たくない"という層が居ることは確かだろうし、その層を理解しなければならなかった。

私は自分の考えを"押し付ける"人間だと思うし、自分の考えを誇大広告する人間でさえある。

だが一方で、"押し付けなければならない"と感じている部分もある。

一部の無知な人間は、結果でしか物事を判断しない。極端すぎる例で言えば、多くのクラスが乱立していて、全員が成績を狙っているわけでもないニュル24時間の成績でトヨタを叩くような厄介コピペを見たことがある。

しかし、自動車レースの結果そのものは車両規定によって左右されているし、(あくまでも私の解釈として)市販車の性能と競技車両の性能は一切リンクしていない。

自動車レースという営みは、走り屋の違法レースではなく、様々な規則の上にある。ではその規則はどこから来ているか?

世界中の自動車レースの主催者達は、なんらかの思想や狙いを込めて規則を作り上げて運営している。その中には"政治"が良くも悪くも入り込んでしまう。

トヨタというメーカーが既に出ている中で、レギュレーションを作るなら、トヨタに忖度しなければならない要素がどうしても出てくる。だからハイパーカー規定はよくわからないものになってしまったし、だからこそトヨタ"は"ルマンを辞めていないとも言うことができる。良いか悪いかは全くの別問題にしても、そこには高度な政治的理由があるはずだ。勿論、中には政治を排除しているカテゴリもあるだろうし、中には政治しか無いカテゴリもあるだろうが。

 

重要な点は"この世界には政治経済が存在する"という意識を持つ事だ。どれだけ優れたレギュレーションも、プレイヤーが居なければ意味が無い。

F1においてPUが導入された時点で、多かれ少なかれ"エンジンウォーズでF1終わったな"という予想は付く(自動車メーカーの技術競争で均衡した状態が続いているのは我が国の虚無であるスーパーGTくらいだろう。それだって定期的に破綻をきたしている)が、それしか選択肢が彼らには無かったのかもしれない。だとすれば、"僕らはより良いカテゴリを探せば良い"。その為のインターネットのはずだ。達成できない、もしくは他所で達成されている理想をそこに求めるのは無茶な話でしかない。ウェルドン楕円に還らず。

 

 

"美しいレースは美しいレギュレーションにこそ宿る"

もしあなたが、自動車レースという時代遅れの娯楽を楽しみたいと考えるのであれば、自動車レースの政治経済を真剣に考えるべきだし、理想を真剣に考えるべきだ。その結論が技術開発なら、それに一番近いカテゴリを応援すべきだし(あえてWECとは言わない。既に破綻しているからだ)、それがドライバーの争いなら、応援すべきカテゴリは変わる。もし君がメルセデスPUの居る世界が好きならDAZNに貢げばいいし、君が"44歳の29歳"を応援したいならGAORAに金を落として、間接的にタイガースを支援していれば良いと思う。それは自由だ。

 

だが、その理想を持たず、タイヤさえ付いていれば良いと思っている人々は、考えを改めるべきだ。

 

面白いレースを作るのはドライバーではない。君達の忌み嫌う、ブラックボックスそのものなのだから。

 

 

まとめ

 

モタスポ見ながら政治嫌いとか毎年萎えてない?精神大丈夫?

カテゴリが面白くなるかどうかは書面で決まる。そこには思想と政治と経済が横たわる。

政治が無い世界もあるはず。それは君達で見つけなさい。

そもそももっと皆esports観ようよ。それこそ"タイヤが付いてるだけで良い"とか"バトルさえあれば良い"とか言うなら。人死なないし。

papouは兎田ぺこらの夢を見るのか?──TMGL戦線とTM2020の話

2020年は狂った年だ──

 

世界はきっとそう言う筈だ。

偉大なるコロナウィルス様が中国はおろか、世界を一つにまとめてしまった一年。しかし、TM廃達はこんな1年でさえ、まともな一年として記憶するのかもしれない。

 

『TMGLはcarl.jrが勝ちました』

という一文において。

 

藤井聡太が負けることがニュースになる何年も前から、carl.jrの敗北は大ニュースに値する。そういうコミュニティの最高峰であるTMGLのstep1は、まるでコロナ禍の現実世界のようだった。すなわち、carl.jrは最後の2マップで8位以内に残ることが出来ず、すべてのポイントを失ったのだ。

一方でその日、papouは確かに兎田ぺこらだった。90ポイント近くを持ち帰ったこのgamers originのゲーマーは、TMGLという世界をシャボン玉で遊びながらやり過ごすのではないかとさえ思われた。

 

冒頭でTM界隈の2020はまともな年だと書いたが、実際のところそうではない。そもそもの話、未だにTMNFが盛況なゲームブランドにおいて、新作など歓迎されるべきものでもない。コロナウィルスというただでさえストレスの掛かっているTM廃達に新作という新しいストレス要因を投げつけているようなものだ。

コミュニティは更に細分化され、プレイヤー達は新作TMにどれだけコミットするかを考える必要があり、また新しい路面と新しいエディターを学び、それを競技マップに落とし込む必要がある。

誤解を恐れずに言えば、事実上TM2Sは死んでいる。自分の所属しているbro trackmaniaはTM2Sにフォーカスを当てているが、それ故にチーム間戦争はほとんど無い状態だ。そして僕らはTTCを永遠にプレイできなくなってしまった。

 

確かにTM2020は良いスタートを切っている。esportsの仲間入りを果たしさえしたし、未だに発展途上のゲームで、最初はLOLにしか使えないと思えたパーツ達も、コミュニティの手によってクールな競技マップへと姿を変えた。まさしく僕らは"とまらないホロライブ"であり、それを先導するpapouにはウサ耳と人参が刺さっていた。だから何だって言うんだ。

 

"(炎上が)とまらないホロライブと(ポイント消失が)とまらないpapou"

 

だからstep2と3でpapouが失速した(step2では50点近くを溶かす羽目になった。これさえ回避すれば、未だにTMGLはぺこらの為のシリーズだった筈だ)のは、ある意味で必然かもしれない。ウサ耳と人参を頭に挿すならば、彼女達の炎上の影響も受けるというもの(?)。台湾を国だと言うのも中国が一つだというのも、清掃員を差別するのでさえも、nadeoの提示した狂ったプレーオフフォーマットに比べれば可愛い話な筈だが、trackmaniaをやらない下級生物の思考など私には理解できないのでこれ以上は踏み込まないようにする。

 

何にせよ、僕らTM廃が長い間共有してきた認識を改めて発信しなければならなくなり、その声明が人々の怒りを買うのは不可避だったのだ。

 

"我々はnadeo当局とsolary省の支持する"一つのtrackmania、一つのcarl.jrを支持いたします"

 

step3でようやく80ポイントほどを持ち帰り、偉大なる我が将軍carl.jr様がランキングボードの先頭に立ったのだ。

 

───

 

どういうことなの・・?

新作TM、思ったよりも上手くいってる感ありますね。

TM2Sが死にかけてるのは個人的にはしゃーないかなと思ってる。アレ使いづらい。マップごとに必須タイトルパックがあったりするのでマルチ鯖使いづらい。んでスクリプトで色々やるので鯖も面倒。ゲームとしては楽しいけどイベントとしてはマジで開きたくないタイトルですからね

 

 

TMGL真面目に観戦するの何気に初めてだけど、TMGLフォーマット、なんだかんだhuntとかcupモードよりかは健全だしエンタメ性あるからアリだなというお気持ち。後はGGeekの実況。声良いからこの人未来のfb枠期待してる。

 

papou兎田ぺこら説提唱した日に持ちポイント全て溶かすpapouは流石に笑った。でもこれPO圏内争いでこれやらかして落ちると一生病むよね・・三週間謹慎じゃ許されんよ・・

一応OGLのポイントリセットはシーディングの都合でそこまで被害デカくないけど、TMGLはポイントがまんまポイントになるのでマジで病む。いっそのことspeedwayGPの新規定みたいにポイント別枠で付けた方が楽しくならない?ダメ?

 

新作TM、大会出てみたいんだけど、broとしてCPSとか出ないみたいなので移籍、つーか新作TMだけチーム探そうかなとか思ってる。人が多いのに過疎なのでまるで自分がtech出来る人みたいな感じになるの笑う。

TM2020は"買い"なのか?──コミュニティを否定したいnadeoとコミュニティを作りたいnadeo──

TMの新作が出ますーー

そう聞いた時に貴方は何を思っただろうか。

失敗作とコミュニティから烙印を押されたturboの二の舞を幻視しただろうか?

TM2Sが文字通りゴーストタウンとなった姿を幻視しただろうか?

貴方は未だにTMUFでhuntし続けているのだろうか?

 

外側から見れば、たしかにTM2020は失敗していない。スタートをうまくやっている事はプレイヤー数を見ればすぐ分かるだろう。zerotorの作った愚かなマップを走る大会は5000人を集めたし、オンラインサーバーは想像も出来ないスピードで増殖し、TM2Sのインフラとも呼べる鯖は全て移行を終えた。turboが失策だった最大の理由であるオンライン関係に関しては、開始二日ほどで及第点を越えていったと考えている。

turboの唯一の利点だったソロプレイも進化している。今作はついにユーザーのキャンペーンを制作可能になり、お一人様でもタイムを競う事が可能になった虎が大幅に増えた。今までnadeoというなんとも言えない何かしかなかったキャンペーンにtechなどが追加された訳だ。プレイの動機付けとして、これほど良いものはそうないだろう。

 

しかし内側から見てみると、このゲームには危うさがある。vtuber界隈には杞憂勢が居るらしいが、私自身がこのゲームを杞憂しているのだ。

まず、これらの新要素がUIで全面に押し出されていない。はっきり言って不親切なUIのせいで、昔からのプレイヤーであればあるほどマルチプレイとソロプレイの区別が付きづらい。何より酷いのがサーバーブラウザ機能の弱さだ。前述の理由からサーバーの一覧を見る事が難しいのだが、サーバーをお気に入り登録する事ができない。自分の好きなサーバーやキャンペーンをプレイしたくても、不人気なら自分で字を打って検索するか、それらが入っている"クラブ"なるものに入って──それすら検索を要するし、有名クラブに入ればそこから探すのも手間だ。そしてUI的に別のタブになってしまってすらいる──入る必要がある。そしてそれは自分のユーザーキャンペーンがネットの海に埋もれることすら意味する。誰もプレイしないキャンペーンに意味などあるだろうか?

これは慣れの問題かもしれない。だがnadeoがゲーム作成時にブロックをリニューアルしてしまったのもよろしくない。見た目がLEGO臭くなったのはまだTMのファンタジー的な側面に合うかもしれない。しかし、過去のブロックから使えない物がいくつもあり、その中には以前のdirtブロック全てが含まれるとなれば話は変わるだろう?

TM2020は極端な話、過去の虎を否定してしまっている。そしてそれは今までのTMが出来なかったコミュニティの統一をより妨げてしまう事は論を待たないはずだ。確かに新dirtブロックは虎を作りやすいし、新ブロック達は面白い新マップを沢山作っていくだろう。だが、明らかにzerotorと愚かなLOL作者しか喜ばないようなブロックを追加する為に旧来のdirtブロックが削られたと考えてしまうと、dirtおじさん達の沈痛な心情が見えて来てしまう。

 

"UBIは真摯にコミュニティを作り上げるだろうが、既にコミュニティ自体が歪んでしまっているのかもしれない。夜桜たまの亡霊が麻雀コミュニティを変えた様にzerotorの守護霊が取り付いたtrackmaniaコミュニティは今までのtrackmaniaコミュニティではないのかもしれない。だとしたら、統一されていないtrackmaniaコミュニティは逆に強みになりうる"

 

TM2020が今後どうなるかは分からない。だが一つ言える事として、UBIは某麻雀アプリがvtuberに擦り寄るようにzerotorに擦り寄り、TMGLを神格化している。trackmaniaコミュニティを語る上でzerotorというのはもはや巨大なアイドルである事は間違い無いし、TMGLはある意味TM廃のから騒ぎだ。だから、TM2020というのはそういうゲームであり続けるのかもしれない。僕らがzerotorというvtuberが大嫌いになるのであればTMNFをプレイすれば良い。TMNFやTMUFはいつでも僕らに同じ娯楽を提供してくれる。だから、TM2020にそれを求める必要は無いのだ。

 

TM2020が因幡はねるの世界なら因幡組になれば良い。楠栞桜がよく分からない虎を作るなら、TMUFでkarjenの作った虎を堪能すれば良い。ただそれだけの話で、私のキズナアイはfrostbelueなのだ。

 

 

怪文書縛りキツイな?

個人的にはTM2020からTMをやる理由は薄いと思います。単純にオンライン鯖の一鯖ごとのマップが少ないのと鯖ツールがまちまちでアレな点、そしてkarjenみたいなガチ勢がTM2020に集まってるので人権がにくすハンバーグになってしまう点、純粋にTMNFの方が遊び方が広い点でTMNFからTMは始めて欲しい。TM2020の公式マップはかなりLOLみあるのでTMが誤解される感

TM2020はフルで金入れてますけど、まぁご祝儀というかどう変化するのか知りたい、ってところはありますね。roundモードが主体のコミュニティになってくれたらTM2020をプレイする動機は増えるんですけど。

まぁでもそもそも過去の虎の互換性がほとんど無いけど移行して下さい、はおかしな話よね。

Vtuberがリアリティショーだというのなら、今までのリアリティショーが間違っていたのではないか

私は三次元の人間によるリアリティショーが大嫌いだから、Vtuberがリアリティショーという言説を見て、それに賛同する意見を見てもイマイチ理解する部分とできない部分がある。

 

私は因幡はねるの配信や切り抜き動画を見る事がたまにある。だが、三次元のyoutuberの顔出し配信なんか(もちろん内容に関心を持てば見るが、積極的に摂取する気はない)に興味はないし、ニコ生の顔出し系配信者にも興味が無かった。それはただ三次元に興味が無いから、なのだろうけれど、それだけでただ似たようなネタを見るようになるだろうか?そこに何か差異があるのではないか?

 

そもそもの発端はリアリティショーでのファンからの誹謗中傷でプロレスラーが1人死んだ、という話だったはずだ。だけどもその事実からして、正直理解しづらい部分を自分は感じる。

一般人がリアリティショーで自殺するのはまだわかる。プロレスラーはむしろ、リアリティショーと似たこと(公然の秘密としてプロレスの試合には演出が存在するし、多くのリアリティショーには演出が存在するはずだ)をやっているはずだ。何故自殺にまで追い込まれる必要がある?

 

自分がこの一件を知ったのは村田晴郎という人間のツイートからだった。だからというわけでは無いが、一つ思い出話のような例え話でもしようと思う。

 

村田晴郎は人の死んだ所を実際に実況したことがあるし、私もその光景をテレビ画面から見つめた事がある。確か自分の年齢は厨二病的な年齢で、その頃は幽霊の美少女がヒロインのロボットアニメなのかよく分からないラノベに心を奪われていた時だった。だから──といっても明らかに異常者のそれだが──私の思考世界の基準はきっとその日に塗り替えられてしまったのだろう。

 

私はノリと勢いである英国人を美少女だと幻視した。その事故が最終戦で、一つの冬を越える必要があったからといっても、その虚構を作ったのは流石にキチガイじみている。でも虚構こそが一つの基準としてこんな怪文書を生み出す出発点となったのだ。

 

"ウェルドンさん"がリアルなら"ウェルドンちゃん"が虚構、バーチャルだ。そこにクロスする余地は無い。死んだ未来とありもしない未来の話なのだから。

 

しかし、リアリティショーという領域は、そこをクロスさせようとする。生身の人間を無人島にぶち込んだり、よくわからない"自称有名人"がテラスハウスで暮らしたり、全員がキリトからのバチェラーを奪いあったり・・

この領域は最も簡単に双方をクロスさせてしまう。演じる人間はリアルでも、エンタメにする最中で意図的、非意図的に一つの虚構として構成されてしまうからだ。実在の人間の、実際の行動であるはずのものが。そんな世界ではきっと、自動車運転に身の覚えのあるどこかのコスプレイヤーが2012年以降ダンウェルドンとしてお茶の間に現れ、村田晴郎は"当然真実を知りながら"彼女をダンウェルドンと実況するのだろう。DDTのよくある一場面のように。

 

感傷的な怪文書になってしまったし、相当極端なお話になってしまったのだが、結論から言ってしまえば、"リアリティショーはそれが虚構だと言わずに、あたかもリアル、真実のように見せている"のが問題なのだ。

プロレスに台本や演出があると言うのはある種公然の秘密で、その中で如何に楽しませてくれるか/楽しめるかという娯楽であって、仮にそのプロレスラーの役が悪役でもウェルドンでもspamでも別に大きな問題では無い。そもそも虚構なんだから、そのキャラクターに乗ってあげるより他が無いのだ。

 

リアリティショーは違う。彼らはまるで事実のようにそれを映し出す。だから『俺はウェルドンだ』なんてキャラがいたら間違いなく叩かれる。そしてそれが成立する以上、そこに出る人間が悪意のある人間なら、それ相応の誹謗中傷もある"べき"だし、それらの誹謗中傷がメンタルを破壊する"べき"である。リアリティショーの演者批判はそのまま人格否定である"べき"だから。

 

リアルではその英国人はラスベガスの金網にぶつかって即死だし、私はその後パジェノーが嫌いになってインディカーを見放した(そしてそれはどうやら正解だったらしい)。

 

話を戻そう。

 

確かにVtuber概念はリアリティショーなのかもしれない。僕らはアバター風評被害を付け加えるし、僕らはアバターアバターレズビアンにさせるし、僕らは僕らの性癖をアバターに投影させるだろう。

しかし、それ自体は別にVtuberに限ったことじゃない。ウェルドンの死からおかしな事を言い始め、trackmaniaの藻屑と消えたcthn490が言うのだから間違いない。因幡はねると神楽めあをレズらせる人間は、ウェルドンとダリオをホモらせる素質だってある。

Vtuberというリアリティショーは、少なくともテラスハウスというリアリティショーやインディカーという"リアリティショーじみた自動車レース"よりかは救いがある世界では無いだろうか。少なくともテラスハウスは1人を自殺に追い込んだし、インディカーの歴史は死亡事故の歴史だ。

バーチャルアバターに自分のプライベートを切り貼りするのと、自分の人格に虚構を切り貼りするの、どちらが楽しいだろう?私は前者だと思う。

そして、数多くの信頼できないものが溢れる世界で、唯一信用できるのは"虚構だと明言されたもの"だけである。だから私は今のVtuberに尊さを覚えるし、trackmaniaのトッププレイヤー、carl.jrをキリトだと言い張るのだ。

 

それでは、frostbelueがウェルドンちゃんになるその日まで。

 

 

 

 

 

 

夏目ことはデビュー配信では初手松本バッチVtuber幻視からやるつもり

 

 

面白い試みもタイミングを間違えたらクソムーヴでしかない話

コロナウィルス様の社会革命に賛同するのはいいがやりすぎはやめろ(挨拶)

 

コロナウィルス様の社会革命、これにいち早く乗れてしまったのが所謂モタスポ界隈と呼ばれるものでしてな。何故かと言われれば、この業界、その気になると仮想環境を構築できるんですわ。

 

皆さん、知ってますか?iracingって奴はリアルを再現するために色々やってるんですよ。だから実車と同じロスターで仮想レースをやってもなんとかなっちまう。・・まぁバスケじゃこうは行かないよな。何より優勝がサンズのブッカーなんだし(2kではウチのプライス君がお世話になっています。

iracingと提携してるならiracing、F1はフェルスタッペンが大嫌いな例のコドマスのゲーム、"現実世界"はzero to heroと色々ゲームで盛り上がるモタスポ界隈。

コロナウィルス様の目的は単純だ。それは現在の歪んだスポーツビジネスの破壊。そのためには世界が戦時下になる必要があった。F1と五輪を終了させるために、そのチャンスを刻一刻と待っていたのだ。コロナと共にvtuber達はホロライブやにじさんじからナンカンタイヤあにまーれの斎藤大吾に解脱すべきであり・・

 

おっと失礼。話が脱線してしまった。

 

要はモタスポ界隈ではレースシムへの侵略という方式で、今浮いてしまった放映シフトを埋めてファンに楽しんでもらおうという訳である。そしてそれは大成功となり、一瞬でeracingはモタスポに喰われてしまい、“現実世界”への人類の解脱は更に遠くなってしまった。

 

──果たして本当にそうだろうか?そもそも、私達が解脱を目指す楽園たるtrackmaniaは、“現実世界”足りうるのか?

 

この点、電動カテゴリーとして生まれ、社会に対して問題意識を強く持つカテゴリーの解答を見ていただこう。FEが世界に贈る──

 

https://youtu.be/7D-FHaaShvM

 

ビー玉だ。

 

私達が解脱すべきは実車レースではない。自動車レースそのものだ。位置エネルギーと物理法則以外の要素はスポーツに不要なのだ──

 

 

いやいや。

 

 

 

*面白い試みもタイミングを間違うと伝える気の無いメッセージへと変わり果てる

 

FEの公式案件と言わんばかりの映像効果にアナウンサー。

実車ファンを繋ぎ止めるためのesports侵略ブームの最中に、esportsムーヴをロクにせずにビー玉レースを流すような行為は、『自動車レースなんていらない』というメッセージに受け取られても文句は言えないだろう。そもそも、FE自体がガソリンレースに対してガソリンは不要だと主張するためのレースでしかないという部分も考えればだ。

 

勿論そういう訳ではないはずだ。おそらくはFEが幾度となくやってきた、ちょっとズレてる面白いこと、でしかないはずだ。それに、ビー玉レースのホストは同界隈の因幡はねる的な大御所。簡単に言えばビー玉喫茶あにまーれの動画でしかなく、FEは何も悪くない。

 

だが、実際には不幸にもあまりにも酷いメッセージを帯びてしまった。

 

『自動車レースの未来たるフォーミュラEはコロナウィルスに対抗するためにドライバー達にゲームをさせるのではなく、ビー玉でレースをします。なぜならそれが、コロナ禍を乗り越えた、新たなモータースポーツの形なのです』

 

 

リアルでこんなミス、自分は良くやってるのでホント怖いですね・・